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天網恢恢疎そにして漏らさず

腐食の連鎖

腐食の連鎖   1996年に出版された書籍  311の15年前です。

今、薬害エイズの問題で大勢の血友病の患者さんが殺されています。そのことについて私たちは理解している。
それから水俣病についても学んできました。我々は長い間、水俣病患者の川本輝夫さんたちに教えられて知ってきた。
あるいはスモン病で患者さんたちが苦しんできたことも知ってきたわけです。そして今、原発で大災害が起ころうとしている。
これらのことは一切関係がないのでしょうか? 
それぞれ独立した現象でしょうか?  そして特にアジアの皆さんに知っていただきたいのは、水俣病のチッソ、
その最大の工場が朝鮮チッソだったという史実です。興南という、今でいうと北朝鮮の領土になりますが、
「満州」に隣接する所に工場がありました。実は朝鮮を侵略した最大の企業がチッソだったのです。
三井や三菱も足元に及ばないほどの巨大工場です。8月に毎日新聞に小さな記事が載っていました。
「戦時中の江南工場で日本が原爆の開発をしていた」という記事です。ビックリしました。
それというのも私は江南工場についてずっと調べていたからです。
江南という所は人里離れたところで、ほとんど人家のないところにチッソは工場を作っていたのですから
、「江南の工場で原爆開発をしていた」のであれば、チッソしかありません。

 今、官僚の問題が注目されていますが、原子力官僚を一人知っておいて下さい。梅澤邦臣という人物です。
この男は、1970年代に日本の原発のほとんどを建てた原子力官僚のNo.1です。
科技庁の原子力局長を経て事務次官、つまり官僚のトップになった人物です。
東海村、敦賀、美浜、福島、大飯、島根、玄海、浜岡などの原発計画の着工時、すべてこの男が関与しています。

 彼には梅沢純夫、梅沢浜夫という兄弟がいまして、梅沢浜夫は抗生物質のカナマイシンを発見して文化勲章を受けた男です。
梅沢純夫は「微生物化学研究会」の会長を務めていました。梅沢浜夫は「微生物化学研究所の所長」をしていました。
この2つの「微生物」というのはどういうことかというと、ここの理事を務めていたのが八木澤行正という薬事審議会の委員で、その息子の2人が微生物化学研究所の所員になっている。実を言うと八木澤行正という人物は、石井四郎部隊長ひきいる関東軍731部隊の植物研究班の班長だった男です。これはほんの一例です。すさまじい人間たちが世の中にはいるものです。それから岸信介。彼がそもそも朝鮮チッソに利権を与えた男ですが、もちろん彼は後に戦犯として巣鴨の刑務所に入りました。
そのときに一緒に戦犯として入ったのが満州重工業総裁の鮎川義介、それから久原房之介、彼は現在の原子炉メーカー・日立製作所を創業した人物です。こういう関係にあります。ここに書いてあるのは人間の系図、血縁関係です。彼らはすべてごく身近な一族を形成している。こういう話はわりと有名ですが、ただそれだけではない。
ここに東急の五島慶太という名前がありますね。その息子の五島昇が後を継ぎましたが、この五島昇の親友が誰かというとエイズ研究班班長の安部英です。なぜかというと、皆、当時の軍人仲間であるからなんです。
血友病総合普及治療会はそういった連中の巣窟になっている。そして血友病の患者さんたちが大変な被害を受けてきた。こういう構造ですが、こういう人間たちが日本のエリート社会を形成している。

 もうひとり、宗像英二という人物、当時朝鮮チッソの幹部だった男がいます。
彼は戦後どうしたか。水俣病のチッソをつくったのは野口遵という人物ですが、その野口がつくった野口研究所の理事長だったのが宗像英二です。当然のことながらチッソの幹部です。その時代に水俣病が大量発生している。
つまり、水俣病をずっと覆い隠そうとしてきた大犯罪者です。この男はその後原子力研究所の理事長になっています。不思議なことではないですか。つまり水俣病の問題を起こした人物と原子力にかかわる人物が過去の犯罪者そのままです。
731部隊の残党が全部入っている。これが現在の官僚組織まで引きずってきている。
もっといいますと、建設会社まで全部引きずってきているわけです。

 ここに日本チッソ肥料専務、朝鮮チッソ肥料建設部長、久保田豊という名前があります。
この男はアジア開発、ODAの問題に取り組んでいる方ならよくご存じの大犯罪者です。
「教えられなかった戦争」という映画があってそのフィリピン編の中に出てきますが、戦後ODA開発でアジアに公害輸出をしてきた人物です。あるいは話は変わりますが、ここに石井四郎がいて、ここについ先日逮捕されましたミドリ十字の元社長松下廉蔵がいます。彼らは一族を形成してるんです。これは血縁関係を書いたものなんですが、731部隊とミドリ十字がこういう関係にある。

台湾に原発輸出を行うということで、これは全く許せないことです。今日から環太平洋原子力会議が行われますが、その主催者である原産会議を動かしてきた有沢広巳、学術会議をリードしてきた伏見康二、茅誠司、こういう人物について我々は学者だと思っていますが、そうではなくて、彼らはこういう家系をとりもっている。ほんとに身近な人間関係です。私も調べてみてビックリしました。伏見康二と有沢広巳がこんなに身近な親戚関係だとは知りませんでしたが、彼らの間をとりもっているのが鹿島建設や動燃の副理事長あるいは中部電力の取締役といった人たちです。

今、こんな関係が日本の社会にはありまして、それで六ヶ所村、アジア、そしてドロシーさんが先程いわれたようなすさまじい海外での汚染が進行しています。こういうことを私たちは忘れてはいけないし、この構造がわからないと結局は「何故あの人たちはこういうことをいつまでも続けるんだろう?」という疑問を持つことになります。やはり彼らは尋常な人間ではないのだということを共に認識していきたいと思います。

昨日の薬害フォーラム

昨日は、名古屋で薬害フォーラムが開催されました。 私はイレッサの近澤さんの代読をしました。 
壇上にあがって、椅子に座っていると、すごく左肩が重く痛くなり、疲れからかなあと、思いましたが、
代読を終わった時には、すっかり良くなっていました。
話してる時、 私は息をすることが出来ない、あのパニックになった手術後の事を思い出しました。 
 酸素フォアードが上がらない、看護士が、器械を測りながら、
ゆっくり大きく呼吸するようにと、言っていた。 苦しい、息が出来ない!
息をすることが、出来ない事とは、どういう状態なのか?
その時まで,私は息をする事、呼吸することが、こんなに困難になるとは、経験したことはありませんでした。

人間が、呼吸することが、以下に大事な事なのか、
イレッサの被害者は、どんなにか、苦しかっただろう、



明日は名古屋で薬害フォーラムがあります

朝一番の飛行機で名古屋に行きます。
ちょうど、涼しくなってきて、皆さん集まってくれるといいなと思います。
私は、急遽、イレッサの被害を代読することになりました。
上手く表現出来るか判りませんが、精いっぱい話したいです。

私は、過去、インターフェロン治療をする事が出来ませんでした。
早く肝炎ウィルスを排除したくても、 その当時、どんなに懇願しても担当医は許可してくれませんでした。
間質性肺炎になるからという、大学病院の事前の検査結果でした。

その後、新しいハーボニーーという薬で、ウィルスが消えました。
でも、壊れた肝臓や周辺の臓器は、私の身体を蝕み、胆嚢除去手術後の酸素吸入を外す時、
私は空気を吸えませんでした。
息が出来ない!  
水の中でもがく、苦しい というか 空を掴む 怖ろしい 生きれない 恐怖でした。

イレッサで苦しんだ方は、あの恐怖をずっとしていたんだと

誰も経験したことは 無いので  他人事なのです。



第21回 薬害根絶フォーラム

日時:2019年10月20日(日) 13:30~16:45 (13時開場)
場所:鯱城(こじょう)ホール(名古屋市中区栄1-23-13伏見ライフプラザ5階)
    地下鉄伏見駅6番出口より南へ徒歩7分、地下鉄大須観音駅4番出口より北へ徒歩7分
参加費:資料代として500円 ※事前申込み不要、PC要約筆記あり

チラシの拡大・印刷はこちら(PDF)

第1部 各団体からの薬害被害実態報告(特集:HPVワクチン薬害)
第2部 「薬害被害者たちは何と闘ってきたのか」

悪は滅びろ

第20回目の薬害根絶デーも終わり、体調の回復に毎日薬漬け。

文科省、厚労省ともに、御役人様は、ただ座って聴いているだけ、
答弁は自分たちの自己保身に終始する 内容だけ。
進展は無い、約束も希望も無い。

HPVの被害者の女の子たち、
救われない薬害被害者

あまつさえ、強欲な人の生命を尊ばない悪徳は、また、似非善意の殻を被って、
少女たちを蹂躙する。

8/28 ノーベル賞も語るに落ちた。




C型急性肝炎に関する疫学情報は少ない という事

記憶が鮮明なうちに、私は此処に記する。

母子感染の影響について、
四男は出産後1ケ月以上経っても 黄疸の症状は消えず、黒っぽい赤ん坊のままでした。
私自身も顔色がなぜか異常に浅黒っぽいのでした。 鏡を見て、「何かある、オカシイ?」
と思いました。 でも 原因はまったく分かりませんでした。
妊娠中も凄く疲れたままで、その当時の写真は 大きなお腹を抱えた私は、非常にキツイ顔をしていました。
その後、四男は熱性痙攣や他の疾病(ウィルス性の脳脊髄膜炎でこども病院に入院)したりして、育てるのに苦労しました。

中学生の時に、感染が分かり、気を付けて過ごすようになりました。
大学生の時に風邪から1週間過ぎても、40℃以上の高熱が続き、済生会病院に行った時、ひどい痙攣を起こして
すぐそばの看護師に何とかしてと訴えたが、のらりくらりとまるで緊急なのに、処置が遅く、
何にも出来ない怖ろしい時間がありました。
そして緊急に個室に入院しました。 顔色が悪く、手のひらは、真っ黄色でした。 血小板は4万、
病名は C型肝炎からと書かれていました。

今思えば、劇症肝炎のような事だったのかと思います。
C型肝炎では劇症肝炎になる事は 無いだろうと思っていた自分が馬鹿でした。
一歩間違えば・・・・・
医師から聞いていた、話も理論も、何も信じられない
(母子感染は、ほとんどないとか、C型は劇症肝炎にはならないとか)
あまりにも、C型肝炎の病状やそれに伴う疾病の知識は、まったく分からず
一般の患者は黙って死んでいくしかない、

医師が知ってる知識や情報は、今も乏しい。



捨てられた人達

私達は国や製薬企業に勝利していない。

以前書いていたけど、製薬企業側は、薬害の隠蔽の為にC型肝炎ウィルスに汚染された血液製剤を回収、廃棄した。
密かに隠し持っていた 志ある医師たちの血液製剤は、厳正に調査した結果、すべてのロットに C型肝炎ウィルスが入っていた。

現在、C型肝炎に感染して病状が進み、肝硬変や肝臓癌に侵され、心身ともに疲労して先の見えない不安に押しつぶされながら、
生活している患者が本当に多い。 そして、企業の隠蔽のお陰で、感染の証拠も証人も無く、怒りと恨みを抱えて病に伏して、
無残に屍になっていくものの嘆きを 誰も問わない。

何かが間違っている気がする。

彼は 時々 ある廃院している元医院に電話する。  けど、老婦人が出られて こともなげに電話を切る。と
その病院で子供時代に感染しているはず、  と 
厚労省の発表された病院名でもあるのに  と 癌手術後の傷が痛むと言いながら、。

息子への感染

母子感染について、その症状は、現代でも あまり知られてない
当時、私も自分の感染も知らず、四男を妊娠して ただただ、悪阻以上に体調が思わしくなく、
30代の高齢になっての妊娠だからかと思い 辛い体調のまま 出産を迎えた。
前回の出産時の出血多量に 新堂産婦人科の先生は 大学病院での通院を勧めた。
でも子供も多く、家から近くであり、そちらでの出産を希望した。
お産は思いのほか軽く、赤ん坊は元気に生まれてきた~~~  はずだった。
四男は黒かった  赤いというより くろっぽかった。 
黄疸が酷く、治療の為、福大病院に転院させたいと先生は言った。
無知な私は、自分の利便だけ 考え 先生に病院での治療をお願いした。
赤ん坊は その前に産まれた従兄弟と比べても ナゼ?  と 皆が首をかしげるくらい
赤黒かった。
その後、他の3人の兄弟と違い、毎日のように 病院通いが始まった。
熱性痙攣も 初めて この子から 経験した。  38度過ぎると そんなに高くなくても 痙攣が始まる。
いつも割り箸にガーゼを巻き付けて用意していた。
不安は色々あった。 頭の方は大丈夫だろうか?
ある日、熱が収まらず、髄液をとって調べた近所の医師が すぐに こども病院へ行くように
連絡した。
脳脊髄膜炎だった。 何かのウィルスが脳にまわったと
入院して 治療が始まり、当時は 付き添いが必要だった。
その当時のカルテを後日 眼にした、GOT、GPT、が高く、 もう慢性肝炎だった。


第18回薬害を学び再発を防止するための教育に関する検討会

薬害の再発防止の為の教育 検討会

3月26日 経済産業省にてありました。
私は、先週は嘔吐で点滴受けていて、前日は風邪からか熱があり、
それでも、たまにしかない会議なので出ましたが、欠席かと思っていた
花井さんと矢倉さんも満身創痍の体で、這ってでも出席してきました。
花井さんは、体調悪く起き上がれない、
矢倉さんも圧迫骨折していて、歩けないと聞いていた
御二方とも、前々日の薬被連会議は、欠席したんですけど、この会議は
頑張られました。