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悪は滅びろ

第20回目の薬害根絶デーも終わり、体調の回復に毎日薬漬け。

文科省、厚労省ともに、御役人様は、ただ座って聴いているだけ、
答弁は自分たちの自己保身に終始する 内容だけ。
進展は無い、約束も希望も無い。

HPVの被害者の女の子たち、
救われない薬害被害者

あまつさえ、強欲な人の生命を尊ばない悪徳は、また、似非善意の殻を被って、
少女たちを蹂躙する。

8/28 ノーベル賞も語るに落ちた。




C型急性肝炎に関する疫学情報は少ない という事

記憶が鮮明なうちに、私は此処に記する。

母子感染の影響について、
四男は出産後1ケ月以上経っても 黄疸の症状は消えず、黒っぽい赤ん坊のままでした。
私自身も顔色がなぜか異常に浅黒っぽいのでした。 鏡を見て、「何かある、オカシイ?」
と思いました。 でも 原因はまったく分かりませんでした。
妊娠中も凄く疲れたままで、その当時の写真は 大きなお腹を抱えた私は、非常にキツイ顔をしていました。
その後、四男は熱性痙攣や他の疾病(ウィルス性の脳脊髄膜炎でこども病院に入院)したりして、育てるのに苦労しました。

中学生の時に、感染が分かり、気を付けて過ごすようになりました。
大学生の時に風邪から1週間過ぎても、40℃以上の高熱が続き、済生会病院に行った時、ひどい痙攣を起こして
すぐそばの看護師に何とかしてと訴えたが、のらりくらりとまるで緊急なのに、処置が遅く、
何にも出来ない怖ろしい時間がありました。
そして緊急に個室に入院しました。 顔色が悪く、手のひらは、真っ黄色でした。 血小板は4万、
病名は C型肝炎からと書かれていました。

今思えば、劇症肝炎のような事だったのかと思います。
C型肝炎では劇症肝炎になる事は 無いだろうと思っていた自分が馬鹿でした。
一歩間違えば・・・・・
医師から聞いていた、話も理論も、何も信じられない
(母子感染は、ほとんどないとか、C型は劇症肝炎にはならないとか)
あまりにも、C型肝炎の病状やそれに伴う疾病の知識は、まったく分からず
一般の患者は黙って死んでいくしかない、

医師が知ってる知識や情報は、今も乏しい。



捨てられた人達

私達は国や製薬企業に勝利していない。

以前書いていたけど、製薬企業側は、薬害の隠蔽の為にC型肝炎ウィルスに汚染された血液製剤を回収、廃棄した。
密かに隠し持っていた 志ある医師たちの血液製剤は、厳正に調査した結果、すべてのロットに C型肝炎ウィルスが入っていた。

現在、C型肝炎に感染して病状が進み、肝硬変や肝臓癌に侵され、心身ともに疲労して先の見えない不安に押しつぶされながら、
生活している患者が本当に多い。 そして、企業の隠蔽のお陰で、感染の証拠も証人も無く、怒りと恨みを抱えて病に伏して、
無残に屍になっていくものの嘆きを 誰も問わない。

何かが間違っている気がする。

彼は 時々 ある廃院している元医院に電話する。  けど、老婦人が出られて こともなげに電話を切る。と
その病院で子供時代に感染しているはず、  と 
厚労省の発表された病院名でもあるのに  と 癌手術後の傷が痛むと言いながら、。

息子への感染

母子感染について、その症状は、現代でも あまり知られてない
当時、私も自分の感染も知らず、四男を妊娠して ただただ、悪阻以上に体調が思わしくなく、
30代の高齢になっての妊娠だからかと思い 辛い体調のまま 出産を迎えた。
前回の出産時の出血多量に 新堂産婦人科の先生は 大学病院での通院を勧めた。
でも子供も多く、家から近くであり、そちらでの出産を希望した。
お産は思いのほか軽く、赤ん坊は元気に生まれてきた~~~  はずだった。
四男は黒かった  赤いというより くろっぽかった。 
黄疸が酷く、治療の為、福大病院に転院させたいと先生は言った。
無知な私は、自分の利便だけ 考え 先生に病院での治療をお願いした。
赤ん坊は その前に産まれた従兄弟と比べても ナゼ?  と 皆が首をかしげるくらい
赤黒かった。
その後、他の3人の兄弟と違い、毎日のように 病院通いが始まった。
熱性痙攣も 初めて この子から 経験した。  38度過ぎると そんなに高くなくても 痙攣が始まる。
いつも割り箸にガーゼを巻き付けて用意していた。
不安は色々あった。 頭の方は大丈夫だろうか?
ある日、熱が収まらず、髄液をとって調べた近所の医師が すぐに こども病院へ行くように
連絡した。
脳脊髄膜炎だった。 何かのウィルスが脳にまわったと
入院して 治療が始まり、当時は 付き添いが必要だった。
その当時のカルテを後日 眼にした、GOT、GPT、が高く、 もう慢性肝炎だった。


第18回薬害を学び再発を防止するための教育に関する検討会

薬害の再発防止の為の教育 検討会

3月26日 経済産業省にてありました。
私は、先週は嘔吐で点滴受けていて、前日は風邪からか熱があり、
それでも、たまにしかない会議なので出ましたが、欠席かと思っていた
花井さんと矢倉さんも満身創痍の体で、這ってでも出席してきました。
花井さんは、体調悪く起き上がれない、
矢倉さんも圧迫骨折していて、歩けないと聞いていた
御二方とも、前々日の薬被連会議は、欠席したんですけど、この会議は
頑張られました。

3月16日 唐津にて

 九州原告団総会が、佐賀県唐津で開催されました。
唐津が良いからと言ってた、肝炎原告になる前からの友達が、誘ってくれました。
彼女はインターフェロン治療を何回もトライして やっとの事で、マイナスになりました。
でも その直後、失明してしまい、そしてすぐに静脈瘤が見つかり、肝硬変になっていました。
続けて何回ものインターフェロンが 失明の原因ではないかと 疑うのですが、
彼女は もしマイナスになってなければ、癌になった と言うのです。

夕食後 介助の友人と3人でホテルのカラオケルームで 歌いました。
介助している友人が 歌う前に歌詞を耳打ちして教えています。
眼が見えないので、あまり行動出来ないので カラオケが唯一の楽しみ と話してました。
お産後、C型肝炎に感染して 長期の入院生活で、旦那さんと離婚、息子さんと生活をしてきました。

感染しなければ、彼女には違う世界があったでしょう。

昨日は 私も体調が悪くなり 病院のベッドで天井を見詰めていました。
まだ これからがあります。


第三者組織・法案が閣議決定されました

法案等は,下記をご覧下さい。

 審議入りは5月になると想定されています。

https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/soumu/houritu/198.html


薬害再発防止を祈る

新年が明けて、また年を取った
私よりも若いまま、黄泉の国に行かざるを得なかった
方々を想うと心が悲しい。
少しづつ身体は自由を失っていく。
国は、良い方向に向かって行っているのだろうか
新たな被害者を生み出していくのは止めてほしい
今、闘争中のHPVの裁判だって、もはや、歴史に残る
悪徳な 世界を又にかけてる薬害じゃないか!
おぞましいのは、その被害を隠蔽、逆に被害者を
嬲り甚振ってる非人道的な人たちがいるという
恐ろしい事です。

日々生きる事

病院の待合室で、座っていると、不安が押し寄せてくる。
疲れているんだろうと思う。
亡くなっていく皆の顔が浮かんでくる。 
あんなに肝炎だから 生ものを食べる事を、
嫌って自制していたくせに 早く彼の世に逝ってしまうなんて、
アンタ馬鹿だなあと
つくづく考える。
死神が近づいてくる
今度は誰の番だろう

第20回 薬害根絶フォーラム(2018年10月20日)

日時:2018年10月20日(土) 13:30~16:45 (13時開場)
場所:東京医科歯科大学(湯島キャンパス)歯科棟4F特別講堂
JR・東京メトロ「御茶ノ水駅」下車すぐ。

チラシの表(印刷用PDF) 
チラシの裏(印刷用PDF)

第1部 各団体からの薬害被害実態報告(特集:HPVワクチン薬害)
第2部 「薬の承認制度を知ろう~薬機法改正の問題点と課題~」