2004年12月

医療を信じたい∞長野の医師は今

長野県内にある総合病院で1987年10月、1人の女性が非A非B型肝炎(現在のC型肝炎)と診断された。1か月前に産婦人科で出産したばかりだった。診断した内科医に助産婦が伝えた。「うちで9月に出産した別の女性も、肝炎にかかっていると聞きましたよ」
 自分の病院で3人の女性がC型肝炎ウイルス(HCV)に集団感染していたことを知った内科医は、産科医や、別の2人の患者が治療を受けている病院に原因を尋ねた。いずれも「わからない」との返事だった。
 3人のカルテを取り寄せて、初めて気付いた。同じ血液製剤が投与されていた。HCV感染の危険から自主回収された非加熱製剤「フィブリノゲン」に代わって、半年前に国の承認を受けたばかりのミドリ十字(現三菱ウェルファーマ)製の加熱製剤「フィブリノゲン―HT」だった。
 当時、加熱製剤は安全だと信じられていた。副院長も務めるこの内科医は、すぐに同社松本支店のMR(医薬品情報担当者)に来院を求め、「肝炎発症の原因はフィブリノゲン―HTが強く疑われる」と他の病院への注意を促した。
 〈懸念されることは、副院長が本件を表ざたにするかどうか? 患者が連絡をとりあい疑問に思い、問題を表ざたにしないか?〉(旧ミドリ十字松本支店が本社にあてた社内文書から)・・・
 長野県内では87年12月にも、別の産科医院で加熱製剤を投与された女性1人が肝炎に感染していた。その医院の知り合いの主治医から連絡を受けた総合病院の内科医は、同社に対する不信感を募らせた。「ミドリ十字は他の病院に情報を伝えていなかった。約束を守らなかった」
 内科医は、東京の公立の医療研究機関に勤める知人に、相次ぐ感染者について厚生省に伝えるように頼んだ。田舎の医師の話では信じてもらえないかもしれないと遠慮したのだ。知人は「生物製剤課(現血液対策課)に伝えた」と言った。
 数日後、ミドリ十字本社の社員が内科医を訪ねてきた。内科医は「厚生省がミドリ十字に連絡した」と直感した。社員は同製剤について、「必要かつ大切な薬剤です」と強調した。
 〈先生の立腹と当社に対する不信は解けず、患者が保健所に訴えるとの話もありました〉(同社松本支店の社内文書から)
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 加熱製剤について、厚生省がミドリ十字に「緊急安全性情報」配布を指示したのは、88年6月になってからだった。内科医が知人に託した第2の“警告”から半年が過ぎていた。
 この間だけで、1万3000本以上のフィブリノゲン―HTが、感染の危険とともに全国の医療機関に届けられていった。